「ちょっと待て!!」

俺は受話器に向かって怒鳴りつける。

チン

電話は無情にも切れた。

「志保のやつ〜」

電話の相手は志保、明日の予定のキャンセルを告げて来やがった。

雅史といい志保といい、俺だけでどうしろと・・・

明日の事を考えると気が滅入る。

朝飯は抜いておこうかな。


To Heart

第3話 春の日に


ピンポーン

あかりが来たようだ。

準備万端さっさと出よう。

さすがに休みの日位浩之ちゃんコールは避けたい・・・本当は学校がある日も嫌なんだけど

「おはよ・・・う?」

扉を開けるとそこには見知らぬ女の子

誰だ?あかりじゃないのか?家に用事があるのか?親父の隠し子か?

「浩之ちゃん?どうしたの?」

その一言で誰だか分かる。

俺をちゃん付けで呼ぶのはあかり・・・とあかりのおばさんだけ

そんなのより声だけで誰だか分かるけど

「髪・・・似合って無いかな?」

心配そうに俺を覗き見る少女

目の前の少女はあかりだ。ただ髪型が違うだけ。

それだけなのに見知らぬ女の子のように感じる。

「・・・いや、似合ってるよ」

「よかった」

俺の何気ない一言にあかりは頬を染め嬉しそうに微笑む。

その顔が直視できない。

髪型一つでこんなに変わるものなのか。

「じゃ、行くか」

「うん!」



公園の桜はまだ七分咲き。

それを見ながらあかり特製の弁当を食うのが俺達の恒例行事・・・なんだが、今回は二人だけ。

それはまあ良いんだが

あかりの料理は本格的だから前日には仕込みを始めるから料理はキャンセルできない。

二人ともそれは分かっているはずなのに・・・

雅史は姉ちゃんが帰ってきたらしいから仕方が無いが、志保は後でとっちめてやる。

「浩之ちゃん、何処に座るの?」

「あそこで良いんじゃないか」

桜の根元を指す。平日ということもあって誰もいない。

だから特等席を押さえてしまおう。

ビニールシートを敷き弁当をあける。

さすがにあかりの料理どれもこれも美味そうだ・・・量が多すぎるが

「いただきます」

「どうぞ」

だし巻き卵にまず手をつける。

「どうかな?」

あかりはいつもの如く聞いてくる。

「うまい」

嬉しそうな顔をするあかり。

もっと自分の腕に自信をもってもいいと思うんだが・・・

あかりはあかりって所か。

それよりも

「髪どうしたんだ?」

朝からの疑問

「えっ!?変かな?」

「いや、何かあったのかなっと」

失恋すると髪を切るとか聞くし、ちょっと気になる。

「高校二年生になるし・・・イメチェンしようかなって・・・」

眼を泳がしながら答えるあかり。

嘘をついているのがばればれだ。

「・・・志保か。何を吹き込まれたんだ?」

「志保は関係ないよ?!ほら、ストレートの長い髪が綺麗だって、浩之ちゃんが・・・」

尻つぼみに声が小さくなる。自爆したのに気づいたようだ。

「先輩のことか」

「・・・うん」

あかりは俯く。

「確かに先輩の髪は綺麗だけど、あかりはあかり、先輩は先輩だろ」

「・・・うん」

俯いたままの頭を軽く撫でてやる。こういうときのあかりにはこれが一番だ。

「似合ってるよ」

「えっ?」

あかりは顔を上げる。

「だから、似合ってるって」

「・・・本当?」

「ああ」

ちょっと照れくさい。

「ほら、食えよ」

「うん」

あかりは満面の笑顔を浮かべた。



ゆっくりと流れる時間の中

寝そべり桜を見上げる。

「もうだめだ〜」

すでに満腹しかしまだ残っている料理。

「ごめんなさい」

「あかりの所為じゃない、志保が全部悪いんだ!!」

今度会ったらどうしてくれよう。

桜から視線を外しあかりを見るとその後方に見覚えのある姿が・・・

「先輩!?」

隣には綾香もいる。

「お〜い、先輩、綾香〜」

俺の呼びかけに反応し綾香が辺りを見渡す。

「こっち、こっち」

手を振ると先輩がこちらに気づいたようだ、二人揃ってやってくる。

「こんにちは、先輩、綾香」

「・・・こんにちは」

「何してるの?」

挨拶もそこそこに質問してくる綾香。

見た目で分からないか?

「昼寝」

「嘘、おっしゃい」

綾香は一刀両断

「・・・風邪引きますよ」

先輩は信じちゃったのかな?

やっぱり性格はぜんぜん違うな。

「はは、冗談だよ。日本人が桜の下でする事といえば一つだろ」

「そっか、お花見ね」

「・・・・・・」こくこく

「で、2人とも今暇?」

「えっ?うん、買い物に行くだけだから暇だけど・・・」

「じゃあ、そこ座って」

「いいの?」

綾香がチラッとあかりを見る。

「ああ、紹介してなかったなこっちは俺の幼馴染の神岸あかり」

「神岸あかりです」

あかりはぺこっとお辞儀する。

「で、こっちが来栖川先輩と妹の綾香」

「よろしくね」

「・・・初めまして」

綾香はにこやかに先輩は丁寧に挨拶をする。

「じゃ、そこ座って」

「いいの?」

今度はあかりに聞く。

「はい、どうぞ」

あかりはそういいながら飲み物を渡す。

こういう所は本当にまめだ。

「ありがとう」

「・・・ありがとうございます」

2人とも腰を落ち着ける。

「じゃあ、乾杯〜」

「「乾杯〜」」

「・・・乾杯」

酒じゃなくジュースなのがちょっと寂しい。

「なんか食うか?っていうか食え」

そういって料理を見せる。

「美味しそうね。これどうしたの?」

「あかりが作った」

「えっ!?神岸さんが作ったの!?」

「ああ、味は保証するぞ」

「そんな事無いよ」

「それじゃ、頂きます」

「・・・頂きます」

綾香と先輩が一口食べる。

あかりは緊張している。

「美味しい」

「・・・美味しいです」

綾香が驚いている。

先輩も驚いているようだ、表情はあまり変わらないけど。

「本当?」

「本当に美味しいわ。神岸さん、凄いのね」

「そんなことないよ、来栖川さん」

あかりは凄く嬉しそうだ。

「綾香って呼んで、私もあかりって呼ぶから」

「でも・・・」

「同い年だから気にしないで」

「そうなんだ。それじゃ、そう呼ぶね」

二人は楽しそうに話を始める。

女同士は友達になるのが早いようだ。

先輩に視線を移す。黙々と食べている。

ゆっくりと咀嚼しているようだ。

「先輩、美味しい?」

先輩は視線を俺に向けながら口の中のものを咀嚼する。

「・・・はい、とっても美味しいです」

口の中が空になってから返事をする。

「それは良かった。これも食べてみて」

「・・・はい」

先輩はまたゆっくりと咀嚼する。

そんな姿をじっと見詰める。

その姿は小動物のようですごくかわいい。

「あらら、浩之は何してるのかしら」

「んっとね、来栖川先輩の様子がかわいいと思ってるみたい」

「・・・分かるの?」

「小さい頃から一緒に居るからだいたい分かるんだよ」

「へぇ〜、すごいわね」

何気に外野がうるさいが気にしない気にしない。

「先輩、これもどうぞ。俺のお勧め」

だし巻き卵を勧める。

先輩はそれをゆっくりと口に運ぶ。

う〜ん、先輩はかわいいなぁ。

「浩之を義兄さんて呼ぶことになるのかな?」

「えええっ!?」

「・・・・・・」ぽっ

「なぁ!?」

聞き捨てなら無い科白を吐く綾香

「ちょっと、冗談よ、冗談」

気がつくと綾香に詰め寄っていた。

目と鼻の先に綾香の顔

「それとも・・・本命はわ・た・し?」

ウインクする綾香の笑みに時が凍った。



あの後は大変だった。あかりと先輩が拗ねるし、宥めている俺を見て綾香はずっと笑ってるし・・・

まあ、楽しかったからいいけど。

「二人とも綺麗だね」

あかりがぼそっと呟く。

「ん?そうだな、美人姉妹っていうのはあの二人のためにあるんじゃないのか」

一人一人で見ても綺麗だけど、二人揃うとまた凄く綺麗だ。

姉妹だけあって外見は似ているというか似すぎだけど性格や雰囲気はまったくの正反対。

先輩が静なら綾香は動、その二人が並ぶと芸術的ですらある。

「・・・はぁ」

あかりが溜息をつく。

また、いらん事を考えているのだろう。

「他人は他人、自分は自分だろ。それにあかりも十分可愛いんだから落ち込むな」

「うん!!」

あかりは満面の笑みを浮かべていた。



「占い通りだったわね」

「・・・・・・」こくこく

家までの帰り道、姉さんと今日の事を振り返る。

「人間関係に進展あり・・・か」

藤田浩之・・・いきなり現れ姉さんの心に住み着いた男

姉さんはいまいち分かってないみたいだけど恋よね。

「神岸あかり、幼なじみ、私達の知らない浩之を知ってる人」

恋人かとも思ったけどそんな雰囲気じゃないみたい。

まだ間に入る余地はあるみたい・・・ってちょっと待て!!

「・・・どうかしましたか?」

「何でもない」

そうよ、私は姉さんを応援しているだけよ!!

それ以上でもそれ以下でもないわ!!

「藤田浩之・・・か」


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