ピー

埃くさい部屋に警告音が鳴り響く。

死と隣り合わせのこの空間で待ち続けた音。

死の使いである可能性も捨てきれないが、おそらく私の待つ彼だろう。

彼は私を知る彼なのか、それとも私を知らない彼なのか・・・

私は不安を抱えたまま早足で約束の地に向かう。

どちらにしてもそこで彼を出迎えなくてはいけない。

彼は私にとって大切な人なのだから・・・

急ぎたどり着き息を整る。しかし天井から視線は離さない。

数刻後、待ち望んだ光景が目の前に展開される。

天井が音を立てて崩れ落ち始めたのだ。

その光景を見て心が跳ねる。

見つめる先に落下物とともに落ちてくる人影が・・・

人影は難なく着地し辺りを警戒する。

懐かしくも悲しい見覚えのあるバイザーをした人影。

私の知る悲しみを背負う彼なのだろうか・・・

「お兄ちゃん?」

呟きが勝手に口から滑り落ちた。


機動戦艦ナデシコ

once again

第十三話 火星で待つものは


「確かここら辺だったよな。」

記憶を辿り地面を踏み込む。

探し始めて数分後、他の場所とは感触が違う所を見つけ出す事が出来た。

「ここだな。ふん!!」

体重を掛けありったけの力を込め踏み込む。

どこっ!!

地面が簡単に崩れ落ちる。

俺は土砂を隠れ蓑に降りていく。

警戒する事にこした事はない。

例えイネスが居るとしても・・・

落下しながら周りを確認すると視界に一つの影が映る。

フードを被っているから見た目には性別は分からない。

が、俺には見覚えがある。

警戒しつつ着地し辺りを伺う。

どうやら一人だけのようだ。

「お兄ちゃん?」

相手がぼそっと呟いたのを聞き逃さない。

お兄ちゃん

彼女が俺の事をそう呼ぶのはあの後のはず。

という事はやはり彼女も帰ってきていたのか。

彼女の名は・・・

「アイちゃん。久しぶりだね」

俺はバイザーを外し出来うる限りの微笑みを浮かべる。

それが俺に出来る彼女達への償い。

彼女はフードを外し飛びついて来た。

「・・・アキト君・・・遅いわよ」

「ごめん、でも無事で良かった」

俺は彼女を軽く抱きしめた。



「キスしてくれたら許してあげる」

ひとしきりアキト君の感触を楽しんだ後、ちょっとした悪戯をしてみる。

「えっ!?」

「何よ、キスぐらいいいじゃない」

ちょっと拗ねた仕草をする。

さて、どう出るかしら?

「いや、あのその・・・」

面白いほどの狼狽ぶり。

「Prince of darkness」

そう呼ばれていた人物と同一人物とは思えない。

以前は求めるままに応えてくれた。

でも、本当に欲しい物は与えてくれ得なかった。

それは心を凍らせていたから・・・そう復讐のために。

私とエリナはただそれを求め、出来うる限りの事をした。

でも、最後まで取り戻す事は出来なかった。

しかし、今私の目の前に立つ彼はそれを取り戻している。

瞳に宿す優しさという名の光を・・・

今までの苦労が報われた気がする。

「まあ、いいわ。身体の方はどうなの?見たところ何ともないようだけど」

「五体満足、どこもおかしいところはないよ。貧弱だけどな」

「・・・そう、後で検査しましょう。何かあるといけないから」

「分かった」

五感が戻っていたようで良かった。

特に味覚が戻っているのは精神に良い影響を与えているのでしょうね。

料理はしているのかしら?後で作ってもらいましょうか。それ位は望んでも罰は当たらないわよね。

「他に誰が帰ってきてるか調べたの?」

「ああ、俺、ルリちゃん、エリナとイネスの4人は確認した。」

予想の範囲内ね。

ルリちゃんがアキト君の心を溶かしたのかしら?

それともやはりユリカさんかしら・・・

どちらにしても悔しいわね。

「ラピスは?」

あの場所にいたからあの子も巻き込まれているはず。

それにアキト君が彼女の事を忘れているとは思えない。

という事は・・・

「保護はした。・・・でも何も知らないらしい」

「・・・そう」

予想通りの答え。

「その方があの子にはいいのかも知れないわね」

あの子の記憶は辛いものが多い。

人として生き始めたのはアキト君と出会ってから。

その時でさえ戦闘ばっかりだった・・・

知らない方が良いのかも知れないけど、それはアキト君と過ごした時間も知らないという事。

良いのか悪いのか・・・

「ああ、思い出はまた作ればいい・・・」

期待通りの返事をするアキト君。

彼はどこか遠くを見つめている。

その視線の先にはいったい何があるのだろう。

彼が見ている所に私の居場所はあるのだろうか・・・



「ルリちゃん、状況は?」

ユリカさんが定期的に確認してきます。

「はい、問題ありません。チューリップは沈黙を守っています。

現在衛星軌道上で地上の監視中。

さすがにここから地上のチューリップは潰せませんので見張っているだけです。

もちろん宇宙空間の方も監視しています。

そろそろアキトさんがイネスさんに会っている頃です。

帰ってきていると技術面がとても心強いんですが・・・

それに生き残りの人達の説得もしてくれるでしょうし。

「アキトさんから入電です!!生き残りを発見!!」

メグミさんが叫びます。

「「「「「「おお〜〜!!」」」」」」

艦内にその報告が響き渡り至る所で歓声が上がります。

ブリッジクルーも皆笑顔です。

「人数と場所を確認して、ヒナギクが戻り次第収容を行います」

ユリカさんが救出の大枠を決め、アオイさんがスケジュールなどを詰めていきます。

「人数は84名、場所は・・・アキトさんの実家で待つそうです。」

「アキトの実家・・・」

ユリカさんが考え込みます。

おそらく記憶を探っているのでしょう。

この表現なら木連に盗聴されても大丈夫ですが、ユリカさんが覚えていなければ話にならないんですが・・・

ユリカさんを信頼しているんですね、アキトさん。

そう思うと同時にちくりと胸が痛みます。

「思い出した!!あそこだ!!」



「だめだ。チューリップに囲まれてやがる」

開口一番リョウコがそう告げた後、探索の結果を述べていく。

「数は?」

「五つ、他に戦艦とかも展開済み。エステバリスだけじゃ無理だ」

ユリカは判断に必要な情報を引き出していく。

「では、ナデシコで行きましょう」

報告が一段落するとすかさず提案するプロス。

「だめです。チューリップが五つの時点でナデシコだけでは手が出せません。せめて宇宙空間ならなんとかっなたんだけど・・・」

ユリカが即座に反対意見を述べる。

大気圏内でのナデシコの戦力低下は地球で経験済み。

艦長として正しい判断だろう。

「ちなみに、敵殲滅確率は1%以下です」

ルリが戦力比から成功率を計算する。

その言葉にブリッジを沈黙が支配する。

さすがに死地に赴くまねは誰もしたくなかった。

「ですが、皆さんはネルガルの社員です。社命に従う義務があります!!」

場の雰囲気を振り払い発言するプロス。

彼としては社命を遂行しなくてはならない。

「ですが艦長としては船員の安全を優先させる必要があります!!それとも乗組員全員の命と引き替えにしても欲しい何かがあるんですか!?」

ユリカはプロスを睨み付ける。

ナデシコの隠された目的は遺跡の確保。それが出来なければスキャパレリプロジェクトは失敗という事になる。

だがそれをここで言う訳にはいかない。

暫しの間睨み合いが続いたが、耐えきれなくなったアオイが提案する。

「あ〜、とりあえずテンカワ達を収容しないか」

ただ問題を先送りにしただけだった。


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