「ふぅ〜、疲れた」

茶色がかった髪の男が階段に腰掛け一息ついている。

年は17,8歳だろうか?頭にはタオルを巻き、上着の袖を肩まで捲くっている。

力仕事をしていたのだろう全身に汗を掻いている。

「男の夢・・・かな?」

軽い笑みを浮かべながら男は振り返った。その視線の先には二階建ての家屋。築6年の中古物件だ。現在では比較的古い部類の建物にあたる。

8年前の西暦2000年9月、突如人類を襲った災厄、セカンドインパクトのお陰で大半の家屋は倒壊した。そのためそれ以前の建物は少ない。

復興時の建物は突貫工事だったこともあり、現在立て替えが進んでいる。それを考慮すると最古の部類だろう。

しかし、人が住むのに問題がある訳ではない。現に彼は住むために荷物を搬入している最中なのだ。

「それにしても、暑いな」

首筋の汗を拭い、空を見上げる。

雲ひとつ無く澄み渡る青い空。そして、らんらんと照りつける太陽。

まさに夏本番という風情。しかし、今は夏ではない。なぜなら日本には四季が無い。

その原因もやはりセカンドインパクト、地軸まで歪めたそれは日本から四季を奪い、代わりに常夏を置いていったのだ。

ビュー

風が男の全身を撫でる。涼しいとは言えないが、汗だくの体には心地よく、彼は眼を細める。

「幸せ・・・・・・か」

「・・・さ〜ん、ちょっと来て下さ〜い!!」

空を見つめポツリとこぼした声に重なるように別の声が家の中から響いた。

「さて、早いとこ片付けるか」

男は立ち上がり家の中へ入っていった。


汎用人型決戦兵器

ナデオン

第壱話 転校生


「志保ちゃん、ニュース〜!!」

「間に合ってる」

教室に駆け込むや否や目指す相手に声をかける女子生徒。そして間髪入れず却下する男子生徒。

毎日見られるこの光景は朝の定例行事としてクラスメイト達に受け入れられていた。

「きぃ〜!!」

「どうどう」

叫び声をあげた女性、志保を宥めようとする赤毛の少女。

「・・・あのね、あかり?」

「何?」

「私は馬か!!」

「ごめん!!一回言ってみたかったの」

怒り顔の志保にあかりと呼ばれた赤毛の少女は手を合わせ謝る。まるで拝んでいるようだ。

「まあ、いいわ。」

「じゃ、帰れ」

「きぃ〜!!」

「どうどう。浩之ちゃんもそんな事言わないで」

いつもと同じ言葉のやり取りにいつもと同じ反応、知らない人が見ると喧嘩に見えなくとも無い。

しかし、三人にとってこれはコミュニケーションの一環。本気で怒ったりしているわけではない。

それが分かっているからこそ、クラスメイト達は苦笑を浮かべるだけで気にする必要を認めないのだ。

「へいへい。で?今回のガセネタは何だ?」

「何がガセネタよ!!・・・まあ、いいわ。」

志保は深いため息をつき落ち着きを取り戻す。

その反応にクラス全員が反応する。

すでに志保の反応でネタの真偽をクラス全員が判断できるようになっていた。

毎日毎日、同じことをしていればさすがに誰でも経験的に理解できる。

今回はその経験から真だという結論が導き出され皆静かに耳を澄ませる。

「なんと、このクラスに転校生が来るのよ!!」

「へぇ〜」

「あっそう」

あかりは反応したが、浩之は机に突っ伏した。興味が無いようだ。

その反応を見た志保が声を上げようとするが、それより早く外野から声がかかった。

「男?女?」

自分のクラスに転校生が来るというのはちょっとした事件、情報が知りたくなるのが普通だろう。

志保は浩之のことを頭から除外し、楽しそうに自分の掴んだ情報を披露する。

「女よ。それも、すこぶる美少女らしいわ・・・・・・私ほどじゃないけど」

「「「「おおおおおお〜!!」」」」

男子生徒たちから喜びの声が上がった。美少女という単語が頭に響いたらしい。

自分のクラスに入ってくる美少女転校生。さりげなく気遣い友人に。そしてステップアップして恋人に・・・・・・

そんなシチュエーションを脳裏に浮かべている者が大多数。

女子生徒達はそんな男どもを軽蔑の眼差しで見ている。

舞い上がった男子生徒たちに志保は自分の推測などをまことしやかに広めていき更にヒートアップさせる。

こういう事をするから信用が無くなるということに志保は気が付いていない。

「うるさいな」

「浩之は興味なさそうだね」

「雅史、お前もだろ」

「うん」

「浩之ちゃんは両手に花どころか花園だもんね」

「あのな・・・」

教室の喧騒を背に浩之とあかり、そして雅史の幼馴染3人組はいつもどおりの雰囲気で和んでいた。



朝のホームルーム、今日は先ほどの情報もあり一部を除き、皆ざわめいていた。

その雰囲気を感じながら担任の年若い男性教諭は教卓の前に立った。

「さて、皆知っているかもしれないが、このクラスに新しい仲間が入ることになった。星野さん、入って」

「はい」

廊下から澄んだ声で返事が帰ってきた。そして、音を立てて扉を開き臆することなく教室に入ってくる。

生徒達に軽く視線を向けながら、頭の左右で纏めた長く蒼い髪を揺らし教壇に近づいていく。

その姿を見つめる生徒達は静まり返った。

別段、瑠璃色の髪が珍しいわけではない。セカンドインパクト以後いろいろな髪の色の人が年々増えている。

事実クラスの一員である神岸あかりは赤い髪だし、いっこ下の一年生には蒼や桃色の髪の生徒も居る。

ではなぜか?

無駄な肉が付いていなさそうなスレンダーな身体。腰まで届く艶やかで流れるような瑠璃色の髪。そして幻想的な雰囲気を醸し出す黄金の瞳。

これらすべてが絵画から抜け出してきた妖精を連想させ、男女とわず見惚れさせているのだ。

「星野ルリです。よろしくお願いします。」

教壇の横に立ち、ルリはその黄金の瞳でクラス全体を見渡すと深々と頭を下げた。

「「「「おおおおおお〜!!」」」」

「「「「綺麗〜!!」」」」

その澄んだ声によって現実に引き戻された一同が歓声を上げる。

「スリーサイズは!!」

「恋人は!!」

「付き合ってくれ!!」

「好きな食べ物は!!」

「誕生日は!!」

男どもから質問が飛び交う。目が血走っている輩もいる。

「スリーサイズは秘密です。恋人はいます。ですので無理です。チキンライスとラーメンです。7月7日です。」

ルリは表情を崩すことなくスラスラと答える。

「「「「ええ!!恋人いるの〜!!」」」」

「はい」

ルリの発言に騒ぎが大きくなっていく。

「じゃ、遠距離恋愛?」

「いえ、一緒に引っ越してきました」

「「「「おおおおお〜!!!」」」」

「でも、まだチャンスは・・・」

「婚約者なので二十歳になったら結婚するつもりです」

ここではじめてルリの表情が微妙に変わった。軽めに頬を染める程度だったが・・・

「「「「ええええええええ〜!!!」」」」

半数以上の生徒達から驚きの声が上がる。

残りは呆然としている。話の内容がショックだったのではない。ずっと無表情だった顔に表れた恥じらい。その表情に魅せられていたのだ。

「静かに!!」

教諭は騒ぎを鎮めようとするがうまくいかない。

「ちなみに、その人もこの学校に転校して来ています。」

駄目押しの一言。これにより教室は完全に収拾がつかなくなってしまった。

「・・・星野さん。君の席はあそこだ」

教諭は疲れた顔をしてルリに席を指し示し、肩を落として教室を出て行った。

ルリは喧騒を傍目に示された席に向かう。

周りの生徒は騒ぎあいルリに目を向ける余裕など無く、邪魔をされずに席に着くことができた。

なぜかその一角だけは静かだった。

「私は神岸あかり。よろしくね」

ルリの前に座っていたあかりはにこにこ微笑みながら挨拶する。

「はい、よろしくお願いします」

「で、こっちが佐藤雅史ちゃん。この寝てるのが藤田浩之ちゃん。」

ルリの隣席と自分の隣席の男子生徒を指差し紹介する。

「よろしくね、星野さん」

「よろしくお願いします」

浩之がルリに気づいたのは一時間目終了後だった。


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