「はい、終わり」

背後からバシンと肩が勢い良く叩かれる。

「結果は?」

「何の問題もなし。診察するのが馬鹿らしくなるくらいにね」

声の主は残念そうに答えながら正面に回り込み椅子に座る。

「・・・そうか」

「そうなのよ」

安堵の溜息をつく俺とは違いイネスは残念そうに溜息をついた。

何も無くていいじゃないか。

そんな俺の思考を遮るようにぶつぶつ話し始める。

「時空を越え、しかも同化?までして身体的には問題なし。記憶は移ってるのにどうなってるのかしらね?」

このまま放っておくと思考の海に沈んでしまうのが目に見えているから思考を遮る事にする。

「今後は検査の必要は無いのか?」

「定期検診は必要よ。何が起こったのか分からないんだから、何が起こるかも分からないわ」

分からないという珍しい科白を聞いて、口が滑った。

「イネスでも判らないことがあるんだな・・・ちょっと待て!!ホワイトボード出すな!!」

「仮説で悪いんだけど説明してあげましょう」

微笑みを浮かべながらどこからともなくホワイトボードを取り出した。

「これから厨房で下ごしらえが・・・!!」

「はいはい、簡単且つ簡潔に説明するから大人しくしましょうね」

「・・・・・・はい」

イネスの嬉しそうな顔に俺は失言を悔やみながら頷くしかなかった。


機動戦艦ナデシコ

once again

第二十六話 待ち人来る(前編)


「お疲れ様です」

アキトがイネスの丁寧な説明を聞き終え、疲れ果てた表情で部屋に戻るとルリが暖かく迎え入れた。

「あれ?珍しいね」

まだ定時、普段ならブリッジに詰めている時間だ。ルリが部屋に居るのは明らかに珍しい。

「偶にはラピスに任せないといけませんから。」

ルリはにっこりと可愛く微笑む。

背中に花を背負いそうな綺麗な笑顔だ。

「とりあえず、話したいことがあるので座ってください」

そういうとルリはそそくさとキッチンに向かう。

アキトは一瞬躊躇したがルリの楽しそうな姿を見て大人しく座り込む。

キッチンからはコポコポコポと液体を注ぐ音が聞こえ、コーヒーの香りが漂い出す。

ぱたぱたぱた

スリッパの乾いた音とともにルリが戻ってきた。

「お待たせしました」

「ありがとう」

まず、アキトの前にカップを置いた。

そしてアキトと対面する位置に自分の分を置く。

「砂糖とミルクはどうしますか?」

「そうだな・・・今日は入れるか」

「どれくらい入れますか?」

ルリはアキトの左側に座り

アキトと自分の前にカップを置きルリも席に着く。

コーヒーの良い匂いが辺りに漂う。

俺は鼻で匂いを楽しみながらコーヒーを口に含む。

舌の上に苦みを感じ、のどの奥で

こっちに来てから前より香りを楽しむことが多くなった。

昔は感じなかったが香りもやはり人生を豊かにさせる物らしい。

一人悦に浸っているといつの間にか向かい側にルリちゃんが座っていた。

「・・・・・・で、なにかな?」

ルリちゃんも飲んだのを確認して促す。

彼女から話がある場合は結構重要なことが多いから少し緊張してしまう。

「ではまず報告から、ナナフシは軍が殲滅しました」

「え?」

「これも武器提供の成果ですね」

「ちょっと、待った! ナナフシってあのブラックホールを撃ってくる奴・・・だよね?」

慌てて記憶から掘り起こす。

たしか、結構厄介な奴だったはずだ。

「はい。グラビティー・ブラストを積んだ戦艦を数隻用意して殲滅したようです」

「・・・そっか」

「ついでに言うと被害は前回の半分以下だと思われます」

「と言うことは次の大きな事件は・・・・・・」

「白鳥さんですね」

少ない頭の中を検索するとルリちゃんが先に答えを出した。

「そうだね。でもこれだけ情勢が違うと・・・ね」

「・・・そうですね」

俺達は軽く溜息をつく。

歴史は変わっては欲しいけど白鳥とミナトさんは会わせたい。

俺のエゴだが二人には幸せになって欲しい。

「出来れば、お二人には幸せになって貰いたいです」

ルリちゃんが俺と同じ気持ちをぽつりと呟いた。



「で、やっぱりここか」

目の前の建物を見て溜息をつく。

俺達三人の目の前にはいかにも研究所ですといった感じの建物がある。

ネルガルの研究所だ。前は周りを確かめる余裕もなくしかもすぐに破壊されたから正確に同じ物だという自信は無い。

だが、停泊先を考えると同じ場所だろう。

「まあ、仕方ないわね。ここら辺では一番大きな施設だしね」

「チューリップは有るのか?」

「ええ、有るはずよ」

「データは渡してるのにか」

「仕方ないわ。データが本当にあってるのかを検証しないと訳にはいかないからね」

「・・・そうか」

俺達が見つめるその前で建物が爆発した。



「せっかくのパーティーなのに水を差しやがって!!」

「本当、衣装が勿体無いよ」

「やれやれ、休みくらいゆっくりしたいね」

「皆さん、しゃんとしてください」

「ちきしょう〜、さっさと片づけて続きを見るぞ!!」

「クリスマスは苦しみます・・・くっくっく」

パイロットの皆さんが自機に乗り込み出撃の準備を行います。

コスプレパーティーを開催予定だったので皆さん格好がとても愉快です。

「あれ?アキトは?」

「パパはママ達とお出掛けしたよ」

「ネルガルの研究所に行っています」

艦長席には甲冑を着込んだユリカさん。

そしてその問いに答えるラピスの頭には猫耳。

ブリッジも愉快です。

「それって、最初の被害の場所なんじゃ!?」

「大丈夫です。3人とも無事こちらに向かっていると連絡がありました。」

ユリカさんの叫びに答えを返したのはナース姿のメグミさん。

「軍から映像が来ました! モニターに出します!」

モニターには火の海に沈んだ街並みが映し出されました。

空から軍の機体が映像の中心へと突き進んでいきます。

その進行方向から光の奔流が放たれ建物を焼き、近づく物をなぎ払いました。

「拡大します」

光の始点にある黒い影が拡大されその姿を現しました。

「うそ!?」

「ゲキガンガー!?」

ヒカルさんとヤマダさんが驚きの声を上げます。

映し出された影は巨大な人型兵器、ジンでした。


Prev 

感想や誤字脱字等はこちらにどうぞ