視界に映るのはネルガル会長室。
アカツキは座り、机を挟んでプロスとゴート、そしてエリナがアカツキの隣に立っている。
皆一様に視線を俺に向けている。
幾度と無く見ている光景だが今回は少しだけ違う。
それはエリナ以外が硬直していること。
改めて此処は過去なのだと認識させられる。
「・・・・・・今のはボソンジャンプかい?」
いち早く立ち直ったのはアカツキのようだ。
「ああ、そうだ」
感情を押し殺した声で答える。
「原理を解明したのかい?」
「・・・取引がしたい」
「取引ねぇ」
その一言にプロスが反応するがアカツキが目で押さえた。
アカツキの表情、プロスの反応、エリナの表情。
幾度と無く見た光景に押さえつけている感情があふれ出しそうになる。
だが、それを許す訳にはいかない。
俺はもう復讐者ではないのだから・・・・・・
第十八話 未来への交渉
ボソンジャンプが完全に解明されればあの悲劇は回避できるはず。
それに私達の望む未来に変革するにはそれなりの力が必要。
だから両方をかなえる為に交渉をセッティングした・・・でも失敗かもしれない。
「何をだしてくれるんだい?」
「ボソンジャンプに関する情報だ」
「そいつは嬉しいね。で何が欲しいんだい?」
「ホシノルリの親権、ナデシコへの全面的バックアップと俺達の行動への不干渉だ」
「ナデシコのバックアップねぇ〜。具体的に言ってくれるかい?」
「新兵器の開発のための資金が主だ。あとはいろいろ便宜を諮ってくれれば良い」
「開発って君がするのかい?」
「ナデシコの整備班は優秀だからな、作るのは彼らに任せる」
「設計は?」
「こちらでする。」
「フィードバックはしてくれるのかな?」
「ああ、予算を使った物はすべてフィードバックする。量産するなり改造するなり好きにしてくれて構わん。」
「そいつはありがたいね。不干渉の件は?」
「短期的に見た場合ネルガルの損失になる事をするかもしれないんでな。」
「短期的ねぇ。長期的に見ればうちの利益になると」
「ああ、お前の利益にな」
アキト君がにやりと笑う。その笑い方は私が・・・いえ、私達が好きな彼の笑顔とはまったく違う物。それは、復讐者「Prince of darkness」の物。
それはアキト君の悲しみと怒りそして復讐の象徴。
ほんの少し前まではこの雰囲気が当たり前だった。
交渉のためにその仮面を被るのは分かっていたのだけど・・・。
私の背中を悪寒が走り抜ける。
アキト君が狂気に舞い戻るのではないか・・・その考えが頭から離れない。
「それはそれは」
会長もにやりと笑う。
「で、具体的には何をしてくれるのかな?」
「俺の知っているすべての情報の提供と実験への参加だ。実験よりナデシコの方を優先するから実質はこの二週間だけだがな。実験にはイネスを参加・・・いや中心にしろ。そうすればナデシコ内でも実験できるだろ。」
「で、どうだ?価値を考えればメリットは十分あると思うが?」
「ルリ君が現在最高のマシンチャイルドなのは分かっているのかい?」
「ああ、もちろんだ。だがその前に彼女は人間だ。幸せを求める権利がある。」
急にアキト君の雰囲気が柔らかくなった。
私の危惧は取越し苦労だったの?
それともホシノルリ、彼女がアキト君を守っているの?
「で、彼女を娘にするのかい?」
「いや、彼女に選んでもらう。誰を保護者にするかをな」
「ふむ、こちらが有利すぎるな何が望みなんだい?」
「この戦争の早期終了だ」
「・・・分かった。エリナ君、契約書を・・・」
会長が言い終わる前にプロスが書類を差し出した。
「ははは、あいかわらすプロス君早いね」
二人が書類を確認しサインをする。
「さて、ボソンジャンプについて説明してくれるかな?」
「説明しましょう!!」
その言葉に私とアキト君は硬直した。
「という訳なの。分かったかしら?」
イネスが満足げな表情で振り返る。
「「「「・・・・・・」」」」
「あら?説明が足りなかったかしら?」
「「「「「いえ、分かりました」」」」」
皆同じ思いなのだろう、一斉に返事をする。
「そう。」
イネスはとても残念そうだ。
「ジャンプするにはジャンプ・フィールドとナビゲート能力が必要。チューリップの様に両方とも機械でなんとかなる。基本的に人間はジャンプに耐えられない。普通の人がジャンプに耐えるためには戦艦クラスのディストーション・フィールドが必要。」
アカツキが一息つく。
「そして、テンカワ君みたいに単独でジャンプできるのはそうそういない。」
「そうよ。会長よく分かってるじゃない。」
「しかし、なぜテンカワ君は単独でジャンプできるんだい?」
「おそらく、遺跡の所為ね。火星に住んでいる人達に何かした可能性が高いわ」
「・・・ということは火星に住んでいた人ならジャンプできる可能性がある訳かい」
「そうね。」
「しかし、どうやってこれだけの事を調べたんだい?」
アカツキが真剣な目をイネスに向ける。
「テンカワ博士夫妻が残した資料の中に大半があったわ」
「・・・そうか」
「一つ言っておく。俺の両親を殺したのは前会長であって、お前じゃないし、俺はもう気にしていない。」
そう俺の中では既に決着がついていることなんだ。
「・・・そうか済まないな。あと一つ、聞きたいんだが」
「なんだ?」
「イネス博士はどこから出てきたんだ?」
「聞くな」
それこそ説明して欲しいよ。
視界の端でイネスの目が光ったように見えた。
「ところでテンカワ君?」
「何だ?」
「交渉の時と随分感じが違うね」
「ああ、交渉する時は感情を押し殺せと教えられたんでな」
嘘だ。ともすれば流されそうになるどす黒い感情を押さえつけていただけ。
俺は彼女達に誓ったもう復讐に走らないと・・・・・・
そのためにこの感情を完全にコントロールしてみせる、彼奴等と直接会うまでに。
「ちなみにエリナ君とはどうやって知り合ったんだい?僕でも落とせなかったのに」
どっちが本命だか。アカツキらしい聞き方だ。
だが今の俺にはありがたい。
「ああ、復讐を考えていた時にな。俺が吹っ切れたのは彼女のお陰もあるから。感謝しとけよ。」
「分かった、ところで住む所だけど」
「とりあえず、エリナの家に世話になっとく、2週間だしな」
「ルリ君やラピス君もいるから夜は気を付けないと教育に悪いぞ。大変だろうが頑張りたまえ」
「ほっとけ」
「ああ、君とは良い友達になれそうな気がするよ」
「俺もだ」
俺達は笑いあった。
「で、どうするルリちゃん?」
夕食の後の団欒中、アキトさんが私に問いかけてきました。
私の親権を誰に移すか。前はユリカさんでしたが今回は・・・・・・
「そうですね。イネスさんお願いできますか?」
「私は良いけど、アキト君じゃなくて良いのかな?」
「・・・・・・」
イネスさん、分かっているくせに・・・からかってますね。
「いえ、イネスさんの方が良いんです。お願いします。」
「エリナじゃ駄目なの?」
「エリナさんでも良いのですが・・・私はイネスさんにお願いしたいんです。」
イネスさんを見つめます。
「・・・分かったわ、ルリちゃん。母親にならせてもらうわ」
イネスさんが私を抱きしめます。
「よろしくお願いしますね、イネスお母さん。すぐにお婆ちゃんになっちゃうかも知れませんが」
「うっ」
くすくす、イネスさんが言葉に詰まっているところなんてそうそう見れませんよ。
「ルリちゃん」
「何ですか?」
何時にも増して真剣な表情をするイネスさん。
「20歳になるまでは子供は駄目よ」
「どうしてですか?」
「・・・分かるでしょ?」
「分かりません。私、少女ですから」
私とイネスさんの不毛なやり取りが続きます。
「お姉ちゃんになってくれないの?」
ラピスの不安そうな声で問い掛けてきます。
「そんな事はないですよ。まあ、建前上の話なんで私はこれからもずっとラピスの姉ですよ」
「良かった」
ラピスが抱きついてきます。
「本当、良い姉妹になれそうね」
「勿論です」
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